社交不安症(対人恐怖、あがり症)

アケミさんの場合

小学校時代のことはあまり覚えていませんが、どちらかというと楽しく過ごせたような気がしています。おかしいな、と思い始めたのは、中学三年生のあたりからです。今でもよく覚えているのは、教室の前に出て、黒板に文字を書いていると、手がものすごく震えてしまった時のことです。高校は電車通学だったのですが、なんだか他人の視線がものすごく気になるようになりました。座席に座ると両隣、向かいの人に不快感を与えているような気がするのです。当然通学はほぼ毎日しなくてはなりませんから、学生時代はかなり辛い日々を送りました。

しかし、本当に大変な日々は結婚、出産後に始まりました。幼稚園で知り合ったママ友の集まりでご飯を食べに行くことがあるのですが、食べ方の行儀が悪いのではないか、つまらない人間と思われていないか、などの考えが頭をぐるぐると回ってしまい、ママ友との食事や会話を楽しむどころか、苦痛で仕方ありません。ママ友と出くわすのがいやなので、毎日の買い物も車で1時間ほどかかる遠くのスーパーマーケットに行っています。ママ友たちと会う約束をしてしまったときは、数週間も前から憂鬱な日々が続きます。会った後は、「あんなことを言ってしまった。あとで馬鹿にされているのではないだろうか?」などと思い悩んでしまいます。親友と会うのはむしろ楽しみなのですが…。

「仕方がない。自分はもともとこういう性格だから…。なるべく苦手な場は避けて生活するしかない…。」アケミさんはあきらめに似た気持ちで毎日を過ごしています。

ヒロシさんの場合

今でもはっきり覚えています。あれは大学一年生の時でした。教授に当てられて、みんなの前で自分の意見を述べることになりました。さあ話そうと思ったそのとき、妙な息苦しさに気づきました。声はかすれて出てこず、両足にも力が入りません。動悸がひどくなってきて、段々と目の前が真っ白になってきました。何とかその場は乗り切ったのですが、それ以来ヒロシさんは人前で話すことが大の苦手になってしまいました。

それ以外のことは比較的平気なのです。楽しく食事もできるし、少人数であれば雑談も問題ない。対人関係も良好です。だけど、ある程度まとまった人数の前で話すことができないのです。仕方がないので、ヒロシさんは極力そういった場面は避けてやりすごしてきました。

大学を出て、ヒロシさんはある会社に事務職として就職しました。まじめに一生懸命働き、上司からも高い評価を得ていました。勤続10年目のことです。ヒロシさんは主任に昇格しました。しかし、それは彼にとっては悪いニュースでした。主任になると、月に一回会議に出て、仕事の進捗状況について幹部たちの前でプレゼンをしなくてはならないのです。

会議のことを考えると、ものすごく憂鬱な毎日です。段々、理由をつけて会議を欠席するようになりました。しかし、毎回欠席をするわけにもいきません。言い訳の材料も尽きてきました。仲のよい同期に悩みを打ち明けてみました。同期は、「誰だって同じだよ!やっぱり慣れるしかないと思うよ。ヒロシのことなんて別にだれもそんなに気にしてないよ!」とアドバイスしてくれましたが、気は晴れません。理屈ではわかるのです。ヒロシさんだって何度もがんばってはみたのです。でも、まったく慣れることなんてありません。いつまでたっても辛いものは辛いのです。

当然のことながら、会社に行くこと自体がいやになってきました。やりがいを感じて続けてきた仕事だけど、もう退職したほうがいいのだろうか?ヒロシさんは、毎日悩んでいます。

解説

(もちろん架空の人物ですが)アケミさんやヒロシさんは社交不安症の一例です。人前で何かをする状況や、社会的なやり取りなどの場面に対する不安を社交不安といいます。この不安は大なり小なり誰にでもあるのですが、この不安があまりにも強くなると、人前で話すことができない、食事ができない、電話をかけられないなど、日々の暮らしに障害を及ぼすことになってしまいます。こういった困りごとに悩む方々は、他者から「欠点」を見つけられたり、能力が低い人だとか、おかしな人だとか思われることを極度に恐れています。

社交不安症の方々の多くは10代後半で発症することが多いといわれています。「性格だから仕方がない」と諦めておられる方々も多いのですが、社交不安のおかげで日々の暮らしに障害が起きているのであれば、それはれっきとした精神障害であり、治療の対象となります。

また、社交不安症には、アケミさんのように人前で何かをする状況や、社会的なやり取りなど、全般にわたって不安を感じるタイプの方と、ヒロシさんのように限られた領域のみで不安を感じるタイプの方がいます。(とは言え、ヒロシさんのようなタイプの方でも、治療が進むうちに避けている状況が他にもいくつかあることに気づく方もいらっしゃいます。そして、その気づきが更なる回復への一歩につながることもあります。)自分の困りごとはアケミさん、ヒロシさんと同じだ、もしくは、似ている、と感じられた方は、ぜひ当クリニックにご相談ください。

社交不安障害の治療

社交不安症には薬物療法が有効です。ある種の抗うつ薬が症状を軽減することが示されており、わが国でも保険適応となっています。また、認知行動療法も同様に有効であることが示されています。当クリニックの一般外来においては、薬物療法を主軸としながらも、治療者がこれまでに学び、実践してきた認知行動療法のエッセンスを組み込んだ治療を提供いたします。一定の条件を満たした場合には、認知行動療法などの専門的な心理療法(完全予約制:予約料がかかります)を行うこともあります。